久方ぶりに地元は神戸に行ってきた。とは言え、父の両親(僕のじいちゃんばあちゃん)のお墓も神戸にあるので神戸自体は年に1度は行っているのだが、元実家(だいぶ前に売っているので)付近にはしばらく行っていなかった。両親が高齢になってきたということもあり、そろそろ墓仕舞いするから皆で懐かしの地元散策ツアーも兼ねて的な感じだ。脳内にしかないあの頃の記憶。あの通りを右に曲がって、そしたら凡そ100mくらい先に大きい公園の木の緑が見える、あそこまでよく走って行ってたなぁ。。とか。初めてCDアルバムを買ったあの商店街のレコード屋さんはどうなってるかな。とか。記憶とはその事象によって確かであったり不確かであったりもする。僕は幼少の記憶と現在の生活はどこか切り離されたような感覚を覚える事がよくある。今後も変わらないであろう過去という記憶と、今もまさに変わり続けている現在とでは、やはりどこか自然と区別をしている気がする。しかし、実際は一度も途切れることなくずっと地続きで進んできている。ずっと繋がっているんだ、という当たり前なことにもの凄く奇妙で、なんとも言えないゾワゾワした気になるのである。そう、画像のようななんとも言えない顔に。(初めてCDアルバムを買った商店街に出来ていた、どなたか存じ上げない作品「ファミリー」と言うらしい)あと、子供だった頃の距離や大きさの記憶は大抵、大人になってみると思ってたより短かかったり小さかったりするものだが、今回感じたのはあらゆる距離感が逆だった。先に言っていた100mくらい先にある公園は実際は200mであったし、毎日歩いて通っていた幼稚園のなんと遠いことかと。やはり画像のようななんとも言えない顔になった訳である。