見えている筈の結果や結論を、見えていない振りや見ようとせずに進んでいるのが人間社会(自分も)だとすると、それは何故、なんの為か。と。酔いの夜にたまに現れる形而上学的問いとでも言うのか。結論。そもそも世界が想像以上に狂っている為、その結果、結論があまりにも希望的ではない。ゆえに、それに気付かない振りをしてやり過ごす方が幸せなのだろう。生きる為、生存本能の賜物である。キーンという薄気味悪い耳鳴りに慣れ、いつしかその周波数の一部となり。誰かの耳とそのうち干渉が起きる。それらがひっきりなしに繰り返されているのだろう。なんとも美しいとも言えるかもしれない。